白菜と言えば、山梨に行ってすぐ、農業大学校のセミナーがあり、収穫の仕方を教わりに行った。参加者は、ほとんどいなくて、私とデイビッドの二人だけ…。
甲府では、農業が卑下されており、女性の友人が引っ越してすぐで、まだいなかったこともあるが、農友達が見つけられなかった…。
農的生活…というドアは、甲府時代は開かなかったドアであった…。
桃の手伝いを始め、ブドウの手伝い、友人のデイビッドの畑の手伝い… どれも、開かなかったというよりは、開いたドアを私が気に食わなかった、というほうが正しいかもしれない…。とどのつまり、私は、しなくてはならない仕事の内容が嫌だったのだった…。桃の摘果はそういやでもなかったが…タンポポ狩りや草で困っていない菜園の草刈りなど、理不尽で、お金をもらってもやりたくないこと、だったのだった…。
それで代替え案として、山的生活…を選ぶようになったわけだが…。山的生活は、5年でアイスで海外に行くまで、ミックスで荒船山昇天まで行くようになってしまった。これは一般的な人が山登りは穂高でお終い、うまく行って北鎌尾根でお終いということを考えると、ものすごい成果だ。振り返ると本当に驚いてしまう…十分に栄養を与える…環境が整い、内的に十分リソースがある…意欲的に取り組むということだが…と、そうなってしまうってことか。やり残したことがないとは言わないが…38歳で登山を始め、本格的なロープが出る登山へ進んだ人の成果としては、十分以上の成果であり、成功事例であると言えると思う…。
さて、福岡に来て、農的生活の扉がより大きく開くようになった。その最大の理由は?
自然農のやり方は、私の心に反発を感じさせるような要素が少ないから。
タンポポを刈ってくれ、と頼まれない(笑)。慣行の農法では、カイガラムシ対策のブドウの皮むきはタンポポ狩りとセット販売で、タンポポ狩りをしない限り、皮むきもできない。
そう、何をやるか?ではなく、いかにやるか?ということが課題だったということだ。
■ 冷涼気候の高原の野菜一般に結球性の野菜というのは、農家の仕事の中でも難しいほうに入るとされている。上級の農家さんが作るもの、という判断だ。
自然農の畑を見たときに、キャベツや白菜がちょこんと草の間に座っており…
ああ、これを植えたいなぁと思ったのだった。
その気持ちを大事にしてみたのだが…
こちらの大きな白菜は、やっと巻いてきた…。植えつけは10月下旬だ。
自分で播種したほうは、小さいながらも、巻いてきた感じだ。
農研機構の論文に下記の記載がある… つまり、離して植えることが白菜、キャベツでは非常に重要だということだ。最低でも45cmは、離して植えないといけない。今回は、近くに植え過ぎている。
キャベツ、ハクサイならびにレタスの栽培に標準的栽培様式を適用すると、条数、畝幅、条間ならびに株間の中では、株間が最も生育に影響を及ぼし、株間が広いほど結球重が重くなる。しかし、標準的栽培様式の諸元の組み合わせにより、10a当り収量は低下することもある(図1)。
狭い株間で生産性を高めるには、肥料の増施と収穫時期の調節がある(図2、3)。
畝高の影響は、水田転換畑では大きく、畝高が高いほど結球重が重くなる。畑地では畝高の影響は認められない(図4)。
結球重の揃いは、株間が広いほど良くなるが、畝高の違いでは一定の傾向が認められない(図5、6)。
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